すてまわり

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り
地域によって史跡等の扱いは違いますけど、寝屋川市は「文化と歴史のみち」として整備されているので良い方。
地図や石標・解説板と所々に鉢かづき姫が出てきて便利。
繋がりがわかり難いなぁ、とか、ハッチーはそのものズバリを解説してくれないね、とか言いません。

 子供の頃、「あんたも歳いったらそうなんねん」と言われ、「なれへんわーい」と思ってたことって結構そうなりますよね。
 まさかお茄子がこんなに好きになるとは思わなかったし、健康話の割合が増加中。
 その健康面(ヒザとお尻)に心配があるので心配なら試せばいいじゃなーいと自転車に跨りました。
 痛い所は触って「痛っ」というタイプなんです。

 通り道でチラチラと寄り道しながら、以前、友人に教えてもらった場所へ。
 まだ門真市。天神社の近くの塞の神です。
 こちらが塞の神(後で調べると天手力男命社)であるとわかったのは、閉鎖のお知らせの貼り紙によってでした。。。天にお帰りいただくそうです。
 またひとつ消えていきますね。仕方ないことですし、自分的には「間に合った」と解釈いたします。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 次は、山王権現神社で、ここは守口市。
 ざっくり地図で見てて国道沿いだと早合点してましたが、脇道をちょこちょこ入ったトコロが入口でした。
 知らないと見つからない方の小社ですね。
 公園にもなってますけど、神社だから守られてきた感のあるスペースです。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 寝屋川市に突入いたしまして、黒原の野神さん津嶋部神社(は守口市)から近い所です。
 珍しくハッチーが直解説。
 こちらの野神さんは元々塞の神だったそうです。別の場所から遷され現在に至っています。
 消える塞の神に残る塞の神、感慨深くあります。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 菅原天満宮(社名間違えてました、ホントは葛原天満宮)も知らなきゃ出会えそうにないトコロにありました。
 学校と畑と工場と住宅部分のテクニカルな繋がりの細い道に阻まれます。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 名前が似てますけど、こちらはわかりやすい場所にわかりやすい大きさで鎮座する菅原神社。
 鳥居脇の狛大黒天と狛恵比寿が珍しい感じ。
 年配の女性がお百度をされていましたが、途中で掛け声出しながら柔軟的な運動をする姿を見て、自分の身体のことを考えました。近い将来だなぁ。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 淀川河川敷の方に寄って行く感じで太間天満宮
 小社ですけど、衫子絶間跡の石碑がありました。
 茨田堤を築く際に人柱となる話のあるふたりのうちのひとりで、もう一方の強頸絶間跡は千林にあります。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 体調的にここで引き返せば、良い運動になったなぁで済んだんでしょうけど、茨田堤で繋がった気持ちが納まらず、淀川河川敷にある茨田堤の碑へ。
 門真の堤根神社(宮前町)の裏側にある伝茨田堤と違ってカタチもなにもないですけど、ノリです。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 ここまで来たなら鞆呂岐神社にも行きます。
 やけにのどかな場所でした。
 水路に大きめの鳥(なんちゃらサギ?)がいましたが、こいつら意外とどこにでもいますね。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 で、悪い癖で楽しくなっちゃってんですよね。おでかけハイ。
 行っちゃおうかどうしようか、行けるか無理か、自問自答を繰り返して結局行きました。
 枚方市に入ります。蹉跎神社(さだ神社)です。
 帰り道長くなっちゃうんですけど、ここを押さえておくと今後が楽だし。
 難しい字なので「蹉だ」とか「さだ」とか「サダジンジャ」とか書かれてて、正直あまりよくない妙な先入観を持っていたんですけど、実際、行ってみると雰囲気も良くてナイス神社でした。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 流石にこれ以上進むのはバカなので、引き返します。
 また寝屋川市に入り、ハッチーが弘法井戸あるでと教えてくれたので向かうと湯屋が谷大師堂がありました。
 井戸だけより大師堂って方がおいしいんでラッキー。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 以前に友人に車で連れてきて貰ったんですけど、ついでなんで友呂岐神社と成田山不動尊を再訪。
 友呂岐神社は貼り紙によると通り抜けに厳しい神社みたいです。
 両横近くに道があるんでわざわざ通り抜けなくてもいいから地元民との軋轢はなさそうなんで問題ないですけどね。
 成田山は前回行ってない奥の院へ。
 地下の暗いトンネルになってます。ちょっとゾクゾク。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 坂道から抜け出して若宮八幡宮。
 参道がこじんまりしてて、ここもまた知らないと発見し辛い小社(裏から車で入れるようですが)。
 石標よりハッチーが目立つ、良い仕事。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 2つ目、3つ目の野神さん。
 池田川の野神さんと池田の野神さんです。
 後者もまた別の場所から遷されて存続しています。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 京阪電車の線路をまた越えます。
 あんまり合理的じゃない行程な気がしますし、いつでも来れる場所をなぜ1日で済ませようとするのでしょうか。
 そんな疑問には目を塞いで八坂神社と住吉神社。
 どちらも社名じゃ「どの?」になりそうですけど、寝屋川市駅近くの二社です。
 住吉神社は別名ねや川戎。
 久々に工事中にあたってしまいました。7月までだそうです。
 LINEで友人が「氏子に愛されてる証拠」と言いましたが、納得の言葉ですね。
 神様どーのだけでなく実質的に支える方々が居ての維持なんだな、と。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 この後の高柳地区。
 小さな神社の高柳大将軍、窓シャッターオンリーな行者堂、愛宕山地蔵講と行ってない忠魂碑などがあるんですけど、高柳伝統文化保存会が設立されましたとの貼り紙がありました。
 残す活動。ステキです。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 公園隣接で子供たちがかくれんぼしてた高柳天満宮
 写真撮るには困るけど、神社が遊び場のひとつってのは、原風景っぽく感じます。
 村の鎮守さんってそれでフツーだと思いますね。
 カミサマガーカミサマガーとお参りに来る人にさえイチャモンつける神社もありますんで。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 神田天満宮は、風で木の葉がこすれてザワザワ。
 なんか怖いような懐かしいような。
 この日は京街道ってわけじゃないけど大阪~京都間ってことで天神さんが多かったですね。ハッチーとミッチーの日でした。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 そんなハッチーに閉めてもらいましょう。
 公園の片隅にある神田の囲い堤防と耕地整理の解説板。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

 と、そこから帰りも少し寄り道しましたけど、体調に関していうと流石に疲れました。
 お尻が痛くてね。。。
 帰り道の自転車が進まない進まない。
 これは「やってもた」な状態だったんですけど、翌日はなぜかヒザもお尻も痛くなくすこぶる快調。
 自分はまだまだ闘えると、喉元過ぎればスピリッツ丸出しであります。

 ちなみにサクラはまだまだ全然でした。
 暖かいんで一気に咲きそうですけどね。

 オマケ
 なぜかハトの集会場になってた池田の野神さんのある公園。

旅程 ほとんど寝屋川市の辺り

Comments 0

Leave a reply

QR