すてまわり

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-
三国の渡し跡
みくにのわたしあと
-大阪市淀川区西三国- (2019-04)

 神崎川南詰に石碑が建てられております。
 淀川の渡し跡ならともかく、神崎川くらいなら橋架けろよってのは、今の感覚。

 太平記にも記された渡しということで、1362年には既に存在したそうです。
 明治になると、西国街道から分岐した能勢街道となっておりました(この近くに石標あったはず)。

 で、「渡し」じゃなくて「橋」の話となりますが。
 三国橋は、1873年に神崎川最初の橋として借橋が架橋され、1878年、本格的な橋となりました。
 当時としては、規模の大きな橋だったそうです。
 1939年、河川改修に伴い大規模な補修があり、短くはなったものの幅は広がったそうです。
 現在の橋は、1960年生。木橋から鋼の身体へと産まれ変わりました。

 太平記に出てくるので楠公さん史跡と言ってもいいかもしれませんね。
 現在は、道路橋に歩道橋もあり、北側からの歩行者のほぼほぼは道路の方を通ってる状態ですw
 南からだとわりとすんなり歩道橋なんだけど、北側はほんの少しだけまわりこむ感があるってのが原因ですかね。
 人間の心理なんだなぁと思う。

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-
石碑 (2019-04)

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-
三国の渡し跡の碑文 (2019-04)

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-
三国橋の碑文 (2019-04)

三国の渡し跡 -大阪市淀川区西三国-
現在の三国橋 (2019-04)





阪急宝塚線「三国駅」から約300m。

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2019/11/03 (Sun) 11:15 | EDIT | REPLY |   

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